2021/02/02

今年の3年生の中に、新制高校になってから30,000人目の卒業生がいると聞きました。高校になる前の旧制中学の時代を合わせると本校の卒業生総数は何人になるのか正確に知りたいと思い、卒業生名簿を見せてもらいましたが、およそ37,000人になるということがわかりました。
今日は外部から中学第2回卒業生の川村吾蔵についてのお尋ねがあり、教頭先生が古い学籍簿を調べていました。佐久市の五稜郭、龍岡城の近くに川村吾蔵記念館があります。昔、龍岡城を訪ねたときに、大きくて新しい建物があったのを覚えていますが、つい寄らずに済ませてしまいました。今度近くに行ったら必ず入ろうと思います。
上田中学を卒業した彼は、20歳で渡米し、さらにフランスへ渡って彫刻の勉強をします。ニューヨークに戻ると数々のモニュメントを作成し彫刻家として欧米中に名前が知られるようになりました。プリンストン大学「ジョージ・ワシントン戦勝記念碑」、ニューヨーク市立図書館「美と哲学蔵」等。ホワイトハウスから大統領の胸像の製作依頼もあったそうです。日米関係の悪化により、1940年に帰国。1950年没。
学籍簿にみつけた川村吾蔵の名前を見ながら、彼がその後たどった波乱万丈の人生のことを振り返ります。国際的な彫刻家になったにもかかわらず、日本ではあまり知られていない川村は、中学生の時はどんな生徒だったのでしょうか。