2020/11/09

職員玄関の脇に事務倉庫があり、内部は教室ほどの大きさが真ん中で壁に区切られ、奥の方を特に「奥の院」と呼んでいます。ここには本校120年の歴史のありとあらゆる記録が雑然と保管されていて、今回の120周年記念や外部からのおたずねもあったりして、少しずつ整理していました。
教頭先生と教務助手の松井さんが「奥の院」で古い写真を発見し、ひと抱えほど校長室に持ってきてくれました。昭和40年代の卒業生の集合写真や、もう少し前と思われる時代の、修学旅行で訪れた大阪や京都での写真がありました。その中に上の写真のような、ひときわ古いと思われる数枚がありました。
写真の裏側には墨で「信州淺間山噴火口辺より見たる前懸山裏面 明治三十五年七月二十六日撮影」と書いてあった。火口近くまで降りて撮ったようです。当時の写真機はどんな代物だったのでしょう。なぜこの一枚がここにあるのか、写っているは誰なのか、どんなルートを登ったのか、興味はつきません。そして、この冒険を愛する人物の好奇心。
本校は120年前の明治33年(1900年)、長野県上田中学校となって独立しました。この写真が撮られた明治35年3月、第1期42人が卒業します。この年の6月、篠ノ井線が松本まで開通。長野や松本の球児たちと日帰りで、他校との試合ができるようになったのでした。
当時と今を、はるかに結びつけてくれる一枚のような感じがしました。